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Suica が世界を変える - JR 東日本が起こす生活革命 (椎橋章夫) 。Suica の開発秘話に見る「未来の当たり前」をつくるというイノベーション

Suica が世界を変える - JR 東日本が起こす生活革命 という本から、イノベーションについて書いています。

 

Suicaが世界を変える JR東日本が起こす生活革命

Suica が世界を変える - JR 東日本が起こす生活革命

 

 

エントリー内容です。

 

イノベーションとは何か

イカの本題に入る前に、イノベーションとは何かです。イノベーションとは、現在はない「未来の当たり前」をつくることです。

現時点やその時にはないものでも、イノベーションを起こす人には見えている「未来」や「あるべき姿」で、かつ人々はまだ気づいていないことを実現することです。

イカの登場前は、電車に乗るためには磁気の切符が当たり前でした。改札を通るために、切符や定期券を一度改札内に入れる必要がありました。スイカは改札に近づけてかざすだけでよいという、今は当たり前の使い方を実現しました。

 

なぜ Suica は開発されたのか

開発背景は大きく2つありました。

  • 経営を支える新たな柱が必要だった
  • 「今の改札機や券売機は本当に便利なのだろうか?」という疑問

 

以下、それぞれについてです。

1. Suica を経営を支える新たな柱が必要だった

1つめは、当時の JR 東日本にとって、鉄道以外のビジネスチャンスをつくらなければいけない状況だったことです。

1990年代から利用客数が伸び悩んでいました。将来的にも人口が伸びず、少子高齢化からも客数増加は期待できませんでした。客数停滞に歯止めをかけどう利益を上げるかという、鉄道事業会社にとって根本的な構造問題です。

鉄道と相乗効果により新たな収益源として期待されたのが、IC カードのスイカでした。

2.「今の改札機や券売機は本当に便利なのだろうか?」という疑問

2つめは、そもそも当時の改札機や券売機への疑問です。

イカが導入される前は、乗客の流れは以下でした。

  • 切符や定期券を改札機に入れる
  • 改札機が切符や定期を読み取る
  • 客が改札機を通過する

 

問題だったのは、切符や定期が内部で詰まってしまうことした。詰まって出てこない場合でも、改札を通過する人のスピードと、切符や定期券の処理スピードが合わず、他人の切符や定期を取ってしまう「ズレ」が発生しました。

切符が客の手を一時的に離れるために生じる構造的な問題です。発生するとその度に駅員が対応しなければいけません。改札機内の定期的なメンテコスト負担も大きかったそうです。

こうした状況を著者の椎橋氏 (当時のスイカ開発担当者) は、「切符がよく詰まる改札機や、切符をいちいち券売機で買わなくてはならないことは、お客さまにとって果たして便利なのだろうか」という疑問を抱きます。

 

Suica の開発コンセプト

イカには5つの開発コンセプトがありました。

 

1. サービスアップ

  • 切符や定期を改札機に入れることなく通れること
  • 切符を券売機で買う必要がないこと、乗り越し時に精算のわずらわしさをなくすこと
  • 定期券を紛失しても再発行できること

 

2. システムチェンジ

  • 切符の詰まりのトラブルを減らし、改札機の保守業務を減らすこと
  • 切符を買うことなく、駅のキャッシュレス化とチケットレス化で駅業務のシステムを変える

 

3. コストダウン

  • 改札機の維持や保守のコスト削減、券売機の台数減
  • IC カード専用改札機導入によるコスト減

 

4. セキュリティアップ


5. ニュービジネス

  • イカという IC カードにより新しいサービスや事業展開の可能性も見据える

 

5つをまとめると、1点目のサービスアップで顧客の利便性向上を目指し、JR 東日本の内部に抱えていた問題を解決し (2~4点目) 、その上で5点目の「新しい事業の柱に」という位置づけです。


苦難の連続だった開発プロセス

コンセプトが固まり、社内でも経営陣による開発承認が出ますが、その後の開発プロセスは苦難の連続でした。特に、スイカのような「今まで世の中にないもの」をゼロから生み出す新規事業開はなおさらです。

私自身も過去の新規事業開発の経験から言えるのは、新しいビジネスでは予想外の問題が次々に発生することです。想定外の問題が「このタイミングで起こるのか」という状況で起こります。

イカに話を戻すと、スイカの特徴はネットワーク化と ID 管理システムです。スイカでは、システム構造が3層になっています。

  • センターサーバー
  • 駅のサーバー
  • 端末 (改札機)

 

3つが独立で稼働しつつ、ネットワークでつながっています (専門的には自律分散システムと呼ぶそうです) 。

この仕組みのメリットは、万が一にネットワークの切断やサーバーダウンが起こっても、短期間であれば末端の端末だけで改札機の機能が使えることです。最低限のインフラ機能は提供できます。

一方で、ネットワーク化は開発のハードルを上げました。

イカ開発の各テストを進めていく中で判明します。テストの初期段階ではなるべくシンプルなテスト環境をつくりました (ネットワーク化されていない状態) 。この段階では問題が露呈しなくても、その後にネットワーク化を再現したテスト環境では多くの問題が出ました。

テストで解決しても、一般公募モニターに協力してもらったフィールドテストでは、また新たな問題が発生したそうです。机上の議論やシュミレーションでは万全のはずが、実際の現場テストでは思ってもみない問題が次々起こりました。

 

Suica というイノベーションは何を変えたのか

2001年11月18日 (日) が、スイカが導入された日です。

その後、スイカは JR 東日本だけではなく、JR 西日本や JR 東海などの JR 各社で、IC カードの相互利用が開始されました。2007年からは首都圏の各私鉄およびバスでもパスモとの連携を実現しました。

乗るたびに切符を買ったり、清算も不要になりました。1枚のカードがあれば JR だけではなく、各私鉄やバスでも使えるという利便性が公共交通の利用を変えました。

イカにチャージされたお金を電子マネーとしても利用できること利便性を提供しました。朝の売店の購買はスイカなどの電子マネーが使われるようになり、スムーズな支払いになりました。駅ナカだけではなく、コンビニや自販機でも使えます。

イカは鉄道の利便性を変えただけではなく、社会を変えました。何より、一部の人たちしか使わないのではなく、普通の人たちが普通に使える存在にしたことです。

冒頭で書いた「未来の当たり前をつくること」というイノベーションです。

 

Suicaが世界を変える JR東日本が起こす生活革命

Suica が世界を変える - JR 東日本が起こす生活革命