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AI vs. 教科書が読めない子どもたち (新井紀子) 。意図せずして人間が AI と同じ土俵に立とうとしている現状

AI vs. 教科書が読めない子どもたち という本をご紹介します。

 

 

エントリー内容です。

  • 本書の内容
  • AI の得意分野と弱点
  • 子どもたちの読解力の低下と、それが意味すること

 

本書の内容

以下は、本書の内容紹介からの引用です。

東ロボくんは東大には入れなかった。AI の限界ーー。しかし、"彼" は MARCH クラスには楽勝で合格していた!これが意味することとはなにか?AI は何を得意とし、何を苦手とするのか?

AI 楽観論者は、人間と AI が補完し合い共存するシナリオを描く。

しかし、東ロボくんの実験と同時に行なわれた全国2万5000人を対象にした読解力調査では恐るべき実態が判明する。AI の限界が示される一方で、これからの危機はむしろ人間側の教育にあることが示され、その行く着く先は最悪の恐慌だという。

では、最悪のシナリオを避けるのはどうしたらいいのか?

 

この本が指摘するのは、2018年現在における AI の現実と弱点です。そして興味深いと思ったのは、本来は AI に対して人間が優位であった能力 (読解力) が低下し、期せずして AI と人間が同じ土俵に立ってしまっている状況です。

本書のタイトルである 「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」 が意味することです。

 

AI と 「AI 技術」 の混同

著者が冒頭で問題提起をするのは、AI と 「AI 技術」 が混同して使われ、本来は AI 技術にすぎないものまで AI と呼ばれることです。

AI 技術とは、AI を実現するために開発された様々な技術です。AI 技術は、すでに私たちの身のまわりにあります。例えば、iPhone 等の iOS に入っている Siri (シリ) です。本書で登場する、著者が開発を主導した東大入試の合格を目指した 「東ロボくん」 も正確には AI 技術です。

著者が問題視するのは、AI 技術を気軽に AI と呼ぶことによって、実際には存在していない人間と同等か人を凌駕する汎用の AI が、すでに存在するような勘違いを生んでしまっていることです。近い将来に人間の全ての仕事が AI に取って代わられるという誤解が生じます。

著者が強調するのは、AI と AI 技術を混同して使っていることの弊害です。AI の実態が正確に理解されない前提での議論からは、正しい結論が導き出せません。

 

AI の得意分野と弱点

東ロボくんとは、東京大学の入試を AI 技術によって合格できるかどうかの検証プロジェクトです。結果は、現在の AI 技術では難しいと判断されました。

著者の見立ては、偏差値 60 までは達成可能だろうが、偏差値 65 を超えるのは不可能だというものです。現状の AI 技術では超えられない壁があり、今の技術の延長では解決しません。

超えられない壁とは、AI は意味を理解しないことです。AI がやっていることは、計算です。計算によって、あたかも意味を理解しているように振る舞っています。返すことをやっています。

計算できないことは AI 技術は処理することはできません。論理的に言えること、確率的に言えること、統計的に言えることは、AI 技術は正しく処理できます。

一方で、数字に置き換えることが難しく計算できないことは、人間では簡単にできることでも AI は不向きです。例えば、「私はあなたが好きです」 と 「私はカレーライスが好きです」 の本質的な意味の違いは、AI は理解できません。

AI の弱点は、数学の数式に置き換えられないものの処理です。AI が持ち得ていないのは、応用力や柔軟性、フレームに囚われない発想力、感受性です。

 

人間の 「意味の理解力」 が低下

AI ができないことは、意味を理解する能力です。私たち人間が AI に代替されないためには、人間の強みである意味を理解することが求められます。

人間の読解力の低下

本書のもう1つの主題は、人間の意味を理解する能力が低下していることです。著者が大規模に実施した中高生へのテストでわかったことは、日本の中高生の読解力は危機的な状況にあることです。

AI の文脈で言えば、AI が苦手とし本来は人間の得意なことであった 「意味を理解すること」 が、人間もできなくなっている状況です。著者の見方は、読解力の低下は日本の中高生だけではなく、大人も同様とのことです。日本人だけの問題とは思えないと書かれています。

読解力低下の原因は不明

本書では、日本の中高生の読解力の原因は明らかにされません。わかっていることは以下です。

  • 一日の勉強時間、塾に通っているかどうか、家庭教師はつけているかと読解能力は無関係だった (相関が見られなかった)
  • 読書の好き嫌いも無関係
  • 新聞の購読有無、ニュースをどんな媒体から知るかにも、相関がなかった
  • スマートフォンの利用時間も相関なし (ただし、使いすぎるとやや能力値が下がるように見えたが、目立つほどの相関ではなかった)


 「これが原因で読解力は下がる」 と言える要因や、「こうすれば読解力は上がる」 という解決方法は見つかっていません。

 

読解力低下が意味すること

人間の読解力の低下が意味することは、意図せずして人間が AI と同じ土俵に立とうとしていることです。

AI の弱点である、数式に置き換えられない応用力・発想力・柔軟性・感受性などの、意味を理解して広げる人間の本来の強みが放棄され、AI と同じように意味を理解せずに処理しようとする傾向です。

同じ土俵に立てば、人間と AI は直接的に競争することになります。人は AI に及ばないので、人間がやっていることが AI に代替されます。AI にできないことは人間もできず、AI にできることは人間はやれないという状況です。

 

どうすれば読解力を伸ばせるか

ここからは、思ったことです。どうすれば読解力を伸ばせるかです。

普段から意識したいのは、「わかったつもり」 を自分で気づけるかです。自分では 「わかった」 と思っていても、実は 「わかったつもり」 にすぎず、本当はわかっていないという状況を発見できるかです。そして、わかったつもりのどこまでがわかっていて、何がわからないかを区別することです。

わかったつもりの仕分けは、次のやり方があります。

  •  「要するにどういうことか」 や 「一言で言うと」 を考える
  • 文字や図解で紙に書く、人に説明する


できない場合は、わかったではなく 「わかったつもり」 になっている状況です。

 

最後に

本書には、2018年現在の AI ができること、AI の弱点が何かがわかりやすく書かれています。説得力があると感じるのは、著者は東ロボくんのプロジェクトを通して、実体験を基に述べられているからです。

あらためて考えさせられたのは、AI と人間の得意分野と不得意分野のそれぞれの対比です。人はどうすればよいかの正解は本書には書かれていません。唯一の答えはないでしょう。

人間の読解力の低下が本当だとして、それは何を意味するのかはあらためて考えさせられます。